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十和田奥入瀬芸術祭 SURVIVE この惑星の時間旅行へ

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タイトル:十和田奥入瀬芸術祭 SURVIVE この惑星の時間旅行へ

時期:2013年9月21日~11月23日

場所:十和田市現代美術館、旧笠石家住宅、水産保養所、奥入瀬インフォメーションhakocco.、渓流の駅おいらせ、星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル、奥入瀬渓流館、十和田湖遊覧船子ノ口案内所、十和田湖遊覧船内

アーティスト:石田千/ 梅田哲也 / 岡本太郎 / ラグナル・キャルタンソン / マーカス・コーツ / 小林エリカ / コンタクトゴンゾ / 志賀理江子 / 柴田健治 / 志村信裕 / 管啓次郎 / 高山明(Port B) / 武田慎平 / 奈良美智 / 畠山直哉 / mamoru / 宮永愛子 / 山本修路

主催:十和田奥入瀬芸術祭2013実行委員会、十和田市現代美術館、一般財団法人十和田湖ふるさと活性化公社、一般財団法人自然公園財団十和田支部、社団法人十和田湖国立公園協会、一般社団法人十和田市観光協会、奥入瀬温泉活性化協議会、十和田市


Towada Oirase Art Festival SURVIVE-Time Hoppers on the Earth

September 21 – November 23, 2013

Venue:Towada Art Center, Former Kasaishi Residence (Important Cultural Property), Fisheries rest house (Former Touji no yado Oirase), Oirase Information Hakocco., Oirase Strsamseide station, Hoshino Resort Oirase Keiryu Hotel, Oirase Stream Museum, Towada Lake excursion boat (Nenokuchi and Yasumiya), etc.

Artists:Sen Ishida, Tetsuya Umeda, Taro Okamoto, Seiji Ono, Ragnar Kjartansson, Marcus Coates, Erika Kobayashi, contact Gonzo, Lieko Shiga, Kenji Shibata, Nobuhiro Shimura, Keijiro Suga, Akira Takayama (Port B), Shimpei Takeda, Yoshitomo Nara, mamoru, Aiko Miyanaga, Shuji Yamamoto

Organized by:Towada Oirase Art Festival 2013 Executive Committee


時を巡る旅へ

2011年3月11日の大地震とそれに続く災禍から2年半たったころ、八甲田の山々や十和田湖、奥入瀬渓流といった豊かな自然を擁するこの地で行われたこの芸術祭。時代と土地の結び目から浮かび上がったのは、「時」を巡るさまざまな考えだった。人知を超えたこの惑星規模の時の営みであったあの地震は、200余年に人間が構築してきた近代の大きな歯車に楔を打ち込み、それを揺さぶり、一時差し止めた。それは、私たちが拠って立ってきた時の歩みを撹乱するとともに、それに覆われて忘れられていたさまざまな「時」の質感を解き放った。この芸術祭は、それらの響き合いを明かすこととなったといってもいい。

私たちが生きている近代とは、端的にいってみれば、人間が、己の世界を自律的に築いてきた大きな時代の構えと言い換えられるだろう。ドイツの哲学者マルティン・ハイデッガーは、それについて、人間がすべてを徴発して「駆り立てる」世界であるという。人は、近代にさしかからんとした時、自然に分け入り、「駆り立て」の連鎖を生んでいった。山を「駆り立て」て鉱物を採り、鉱物を「駆り立て」てウランを採り、ウランを「駆り立て」て熱を得、熱を「駆り立て」て産業を興しまた都市を作り、都市や産業が人間を「駆り立て」、人間がまた自然をさらに「駆り立て」てゆく。そうした循環を繰り返しながら閉じた人間世界は形作られ、同時にそれは剥き出しの自然から切り離されていった。自然はもうあるがままのものではなく、人間の世界を作るために有用な対象、つまり資源になった。こうして、世界は人間化され、時の流れもそれに従うようになった。19世紀の後半には標準時が設けられ、世界は分割されつつ、統合された時の刻みによって運動しはじめた。この、姿形を捉えることができず、はっきりと誰と名指すことができぬままに動きはじめた巨大なお化けは、薪より石炭、石炭よりも石油とより大きな熱を求めながら、この惑星の隅々にまで手足を広げてきた。それは、この数十年に勢いを加速させている。

この十和田奥入瀬や近隣の地もまた、近代の波に「駆り立て」られてきた。美術館のある市内から十和田湖の方へ向かうにつれ、戦後間もなく政府によって造成された針葉樹林の植林地がある。野山は建材や熱源として徴用の対象となり、隣り合う国立公園はそれを食い止めんとしているかのように保護されている。また、下北半島の方を見やると、そこは1960年末以降大規模な開発の対象地区となり、石油基地や原子力エネルギーの再利用、風力・太陽光発電などを巡る政治と経済活動に呑まれてきたことがわかる。それは観光産業も後押しし、景勝地や温泉場は「駆り立て」られていった。戦後の高度経済成長期には十和田湖畔や八甲田山、奥入瀬渓流の口の焼山やけやま地区などの温泉地は、今ではもう誰の口にのぼることもなくなった慰安旅行の目的地になった。こうした、ものづくりからサービスへと向かっていったこの国の戦後の産業構造の変遷がはっきりと目に見えるかたちで物語られ、その先がいくつかに分かれていて、一端では十和田市現代美術館が作られて新たな観光客を呼び込み、また一端では欠損によって閉じた温泉旅館が湖畔や原生林のただなかに打ち捨てられている。

そうした近代の果てで、あの地震が起こった。この惑星のきまぐれな営みは、私たちを「駆り立て」てきた近代に亀裂を生んだ。その裂け目が私たちに知らせたのは、地殻が大きく動く千年、それによって揺らいだ近代200年余、近代の突端で解き放たれた放射能が光を出しつづける数万年というただならぬ時の区切りだった。そして、この地には、八甲田の山々や十和田湖、渓流、そして馬駆ける野原がそのようになった数十万年が感じとれる。この惑星には、実に顔つきの違う「時」が混在し、結ばれつつ互いを引っ張り合っているかのようだ。閉じた人間世界の殻が破れた時、人は、途方にくれながらも近代の足取りにしがみつき、大地の震えに翻弄され、またそうした大きな「時」の襞に入り込みながら親密な物語を紡ぎ、想像しえない「時」に思いを馳せながら、この惑星で生きるということを改めて噛みしめたことだろう。こうした、近代の波打ち際のそこかしこで穿たれる時の刻みを表すことが、この芸術祭という空間であった。

「時」の饗宴は、十和田市現代美術館から廃墟のホテルを会場とした≪水産保養所≫、そして十和田湖に至る複数の会場と広大な地域にわたって開かれた。しかしながら、この芸術祭が、さまざまな「時」の質感を「見せる」にとどまらず、作品がこの惑星の営みとともにある状況をとおして、「芸術祭」といういわゆる近代の制度的な時の「外」に関わりをもとうとしたことを書き留めておきたい。それは、私たちがやみくもに信じてきた時の構えとは異なる「時」を文字どおり身をもって経験しながら、それを省みるということでもあった。この実験的な試みは、もしかしたら私たちが見知った芸術とは呼べないようなものとして現れ出たかもしれない。しかし同時に、この時この地で考えるべき、そしてまた私たちが見過ごしてきた芸術の一つの可能性でもあったような気がしている。

微妙な色調と薄塗りの画面の表情が光の差し具合によって刻々と変化する柴田健治の油画は、美術館のいずれも陽が当たる場所に展示された。そのうちの一点は、屋外に。朝と昼と夜という一日の時の移ろい、または季節の巡り、そして天候によって色味が変化する。一瞥しただけでは気づかないかもしれないが、風強く雲が陽を遮っては流れ行く日はとりわけあらわになる。

思えば、美術館とは、ルーヴル美術館を母型に、ユダヤ—キリスト教的な過去から未来へと一方的に向かう後戻りできない時の積み重ねを前提に、国家や共同体を表象する近代の産物だ。収められた芸術は朽ち果てることを許されぬままに延命され、共同体の一部となりその歴史を綴ってゆく。今、私たちが呼び習わしている芸術というものは、そういうものだ。ハイデッガーは近代を論じたときに、それはあらゆるものを「立てる」ことだと言った。「立てる」とは、人間が己の世界を構築するために徴用して引っ立てるということだが、世界にある視点を与えて把握するために記す「歴史」もその対象であるという。美術館とは、共同体の意識や拠り所を歴史化して「立て」、そのまっとうな成員を作り上げるべく人間を「駆り立て」るまさしく近代の装置だ。芸術の収集を行わない十和田市現代美術館はそうした美術館の傍流としてあるように見えるが、それとて新自由主義的な社会の要請により、教育啓蒙から収益の追求を重視して観光やエンターテイメントの方に「駆り立て」の矛先と質を変えたものに過ぎない。そうした近代の人間化された時を刻んでゆく美術館に、剥き出しの時、つまりこの惑星の営みと同質の時をどのように関係させてゆくことができるのだろうか。この芸術祭における一つの実験というのは、柴田の絵画を陽の下に置き、硬直した美術館と絵画の関係性から解き放つとともに、ありのままの世界に戻しながらそれが刻々と変わってゆくこと自体・・・・・・・・・・となることに仕向けることであった。それはまた、美術館を支えている近代の思想に小さな穴を穿ち、その向こう側を知らせるささやかな行為であった。

こうした考えは、≪水産保養所≫にも響き渡っていた。梅田哲也、コンタクトゴンゾ、志賀里江子たちが、1973年に社団法人八戸水産労働福祉事業協会「海幸苑」として竣工し数年前に営業を停止したホテル、≪水産保養所≫へ臨んだ態度とは、その建物そのものをこの惑星の営みに返してゆくということであったように思う。美術館と同じようにそこを展示の場として新たに作り替え、作品を持ち込むということではなく、観光や慰安旅行の目的地を担った場に手を入れて高度経済成長期の熱をゆるやかに冷まし、その残り香を漂わせながら剥き出しのものにしていった。裏山を登って沢から建物の屋上に水を渡し、その水が建物のあちらこちらを落ちてゆく。また、窓を開け放ち、壁を取り壊して風を入れた。ある部屋には天井と床に小さい穴を開け、そこに屋上からのワイヤーが貫き、穴から下を覗き見ると土管が吊られて地面に届かんとしている。そこは、この惑星の重力と陽の光、風、奥入瀬渓流から立ち上ってくる湿気とともにやってくる虫や植物の種などに包まれていた。近代産業によって「立てられた」ものを元に戻す過程がおよそ2ヶ月の間開かれ、人はそうした儀礼的ともいえる場に立ちつくしながら、過ぎてゆこうとしている時代や季節、一日、また瞬間を噛みしめたことだろう。「立てない」術としての芸術は、発展をめざしながら構築してゆく時代の構えと朽ちては生まれ変わりつづける自然の営みの結び目に私たちを誘い込み、巨大なお化けがこれから眠りにつこうとするのに立ち会わせた。

この芸術祭は、人間が支配して作り上げてきた近代と惑星の営みの間にあるさまざまな「時」を浮かび上がらせつつ、私たちを、それまで信じてきた、あるいは今信じている、あるいはこれから信じてゆく「時」に改めて向き合わせたことだろう。「時」を選び、渡り歩きながら旅をする。これが生きるということなのかもしれない。六ヶ所村と十和田奥入瀬に挟まれたこの地で、巡りゆく「時」を逞しく渡ってゆくための思考と身振りをもう一度見つめ直す時である。

小澤慶介(十和田奥入瀬芸術祭キュレーター)

参考文献

森一郎、ハルトムート・ブㇷナー訳、『ハイデッガー全集第79巻 ブレーメン講演とフライブルク講演』、創文社、2003年

加藤尚武編、『ハイデガーの技術論』、理想社、2009年

吉見俊哉、『ポスト戦後社会』、岩波書店、2009年

 

Time hoppers on the Earth

Two and a half years after the great earthquake of March 11, 2011 and the subsequent disasters, this art festival took place on this land, home to the rich nature of the Hakkōda Mountains, Lake Towada, and the Oirase mountain stream. What emerged out of the bonds between the era and the land were various notions of “time”. That earthquake, which surpassed human understanding to manifest the workings of time on a planetary scale, drove a wedge into modernity that humans have built over more than 200 years, causing a rupture that forced its temporary suspension.

The era in which we are living can, if we speak plainly, be said to be a great age assuming the guise of a world for humans built autonomously by humans. The German philosopher Martin Heidegger referred to this as a “commandeered” world in which everything has been requisitioned. As the modern age drew near, people naturally began to push forward, giving rise to a chain of drives or “commands”. Mountains were “commandeered” to gather minerals, minerals were “commandeered” to gather uranium, uranium was “commandeered” to gain heat, heat was “commandeered” to promote industry and build cities, cities and industry “commandeered” human beings, and human beings further “commandeered” nature. As such a cycle repeatedly unfolded, the contained world of humans was shaped, and at the same time it became disconnected from nature in its raw state. No longer a thing untouched, nature became a useful target – a resource – for the creation of the human world. In this way, the world was humanized, and even the flow of time began to conform to its rhythm. With the establishment of standard time in the second half of the 19th century, and as the world became more divided, time once unified began to move in increments. A colossal ghost, whose appearance was ungraspable, began to move without clearly designating who was responsible, spreading its limbs to all corners of this planet while seeking greater heat from firewood to coal, and from coal to oil. And in the past few decades, its momentum has been accelerating.

The area of Towada-Oirase and the neighboring lands have also been swept by the “commandeering” wave of modernization. As you travel toward Lake Towada from the city limits where the art museum is situated, there are plantations of coniferous forests grown on land cleared by the government soon after the war. Hills and fields become targets for requisitioning as building materials and sources of heat, while the national park adjacent to it is protected as if keeping its advance in check. In addition, upon inspection of the Shimokita Peninsula, one learns that it is an area that has been the target of large-scale development since the end of the 1960s, swallowed by the politics and economic activities surrounding its use as a base for petroleum, the re-use of nuclear energy, wind and solar power. It also boosted the tourism industry, being “commandeered” for its scenic spots and hot springs. During the post-war period of high economic growth, the lakeside of Lake Towada and Mt. Hakkōda, together with the hot springs at the mouth of the Oirase mountain stream in the Yakeyama district were destinations for company leisure trips, but can hardly be heard today in people’s conversations. In this way, this land clearly tells of the transition from manufacturing towards service as the industrial structure of this country underwent transformation after the war, from which point the story forks to take various routes. At one end Towada Art Center was built to attract new tourists, while at another end the hot spring area forced to close due to a deficit has been abandoned at the lakeside among virgin forests.

It was at this extremity of modernity that the earthquake occurred. The fickle workings of this planet caused a rift in the modern age that had come to “commandeer” us. What this rupture made known to us was the extraordinary periods of time at work in the dramatic movement of the earth’s crust every thousand years, the modern age of approximately 200 years that this shook, and the several tens of thousand years of radioactivity unleashed at the tip of this era of modernity. And in this region, one can sense the several hundreds of thousands of years through which the mountains of Hakkōda and Lake Towada, the mountain streams, and the fields in which horses gallop have been formed. In actuality, this planet has different facets of time intermingling with one another, and while tied together they appear to be in a mutual state of tension. When the shell containing the closed world of humans is torn, left at the mercy of the trembling earth, people cling to the gait of modernity in bewilderment, and while drawn into that great fold of time they also spin an intimate story, once again reflecting on their existence on this planet as they contemplate a time unimaginable. Such increments of time, piercing here and there the shores of modernity, also emerged within the spaces that constituted this art festival.

This festival of “time” was held at several venues in a vast area throughout the region, from Towada Art Center to a disused hotel named “Suisan-Hoyojo” (fisheries rest house), and multiple venues within the vicinity of Lake Towada. However, I want to note here that the artworks not only “represented” the qualities of different facets of “time”, they attempted to form a relationship with what is deemed to exist beyond the modern institutional notion of time, to which “art festivals” belong, through a synchronization with the workings of the planet. This was a reflection brought about while literally giving a firsthand experience of “time” different from the one we have blindly come to trust. Perhaps this experimental trial emerged as something taking a different form to art with which we are familiar. However, at the same time I have a feeling that the contents of this trial should be considered at present in this locality, while at the same time illuminating a possibility for art that has been neglected through modernity.

The oil paintings of Kenji Shibata, whose surfaces painted with subtle tones and thinly applied paint perpetually change their expression according to the condition of light, were exhibited in locations penetrated by sunlight throughout the museum. One of the paintings was also displayed outside. The colors were transformed as time moved from morning to day to night, accompanied by the cycle of the seasons, and the changing weather conditions. One might not notice by simply glancing, but most importantly they revealed the passage of days when clouds blown by strong winds interrupted the sunlight.

If we consider museums of art taking the Louvre Museum as our model, they are a product of modernity representing nations and communities, founded on the Judeo-Christian premise of time directed unequivocally toward the future without any possibility of going back. Not permitted to fade into obscurity, the lifespan of the art they house is prolonged, forming a part of that community and stitched into its history. Today, this is what constitutes the things we are accustomed to calling art. When Heidegger discussed modernity, he stated that all things are “set forth”. This refers to the appropriation of things in order for humans to construct a world of their own making, to which “history”, in describing a viewpoint on the world for the purpose of grasping it, also belongs. Museums are undoubtedly modern devices, “setting forth” the consciousness and cornerstones of communities by placing them within a historical context, building decent members of its societies by “commandeering” human beings. Towada Art Center, which does not collect works of art, may resemble an offshoot of such museums, but it amounts to nothing more than a change in the quality and target of “commandeering,” evolving out of enlightened education that places an emphasis on the pursuit of profits from tourism and entertainment in the era of Neoliberalism. In what way will such museums, which record the humanized time of modernity, be able to relate to time in its natural state, or rather, to time that has the same quality as that of the workings of this planet? One of the experiments in this art festival was to place the paintings of Shibata under the sun and, while releasing them from the ossified relationship between museums and painting, return them to the real world to induce transformation itself at every moment. This bore a tiny hole in modern thought that supports museums of art, a modest act informing us of what exists on the other side.

Assuming a different form, such ideas came to resonate in the Suisan-Hoyojo building. I believe the manner in which Tetsuya Umeda, contact Gonzo, and Lieko Shiga approached the disused hotel, which was originally opened as “Kaikouen” by the Hachinohe Fisheries Labor Welfare Business Association in 1973 before closing down a few years ago, can be considered a means of returning the building itself to the natural processes of the planet. Rather than newly reconstructing the site as an exhibition space in the same manner as a museum to display work brought to the venue, they decided on an unadorned work that, while slowly cooling the heat from the period of rapid economic growth, left a lingering trace of its former role as a destination for tourists and workers on company trips. Water carried from the stream climbing down the mountains behind to the roof of the building fell here and there onto its exterior, and into the interior. In addition, windows were thrown open and the walls demolished to allow wind to enter. In one of the rooms, small hole made in the ceiling and floor were pierced by a wire from the roof, and upon peeking through the hole in the floor one saw suspended earthen pipes attempting to reach the ground. Together with this planet’s gravity, sunlight, wind and the moisture rising from the Oirase mountain stream, it embraced insects and seeds of plants. The process of undoing what was “set forth” by modern industry took place over approximately two months, and as people came to stand in a site that could also be considered ritualistic, it clenched a moment, a day, a season and the passage of an era. As a means of working against that which has “set forth”, art invites us to tie a knot between an age aspiring to development and the workings of nature that continue in a cycle of decay and renewal, bringing us to witness the colossal ghost as it falls asleep.

The time that reverberates through this art festival brought into relief the expression of various facets of “time” that lie between modernity controlled and created by humankind and the natural processes of this planet, while at times sharing in those time spaces, bringing us to speculate about the notions of “time” we used to trust, or still trust, or will come to trust. We are on a journey hopping from one sense of time to another. Perhaps this is what living means. In this land sandwiched between Rokkasho Village and Towada Oirase, it could be time for us to reconsider thoughts and gestures in order to choose by which sense of time we live our lives.

Keisuke Ozawa (Curator, Towada Oirase Art Festival)

Bibliography

Hartmut Buchner and Ichiro Mori translation, “The Complete Works of Heidegger Volume 79, Bremen and Freiburg Lectures”, Sobunsha 2003.

Hisatake Kato, “Heidegger no gijyutsuron”, Risosha 2009.

Shunya Yoshimi, “Postwar Society”, Iwanami Shoten, 2009.